2020.06.04,

大企業を辞めフリーランス になって感じたホンネ

自分というたった1つの役割を見つめ直す

自分が「主人公」。
一見それは当たり前な気もするのですが、思えば私は、育休から復帰してからというもの、うっかりその感覚を手放してしまっていたようです。

 

「仕事」も「育児」も両方欲張る、とか、両方諦めないみたいなキャッチフレーズに異論はないのですが、何か違和感も感じています。心のバランスが取れた心地よい暮らしというのは、欲張ったり、諦めなかったり、自分の意思を強烈に持つ強い人でないと実現できないようにも思えるからです。自分は1人しかいないのに、「2つの役割」を「2つとも」やるのは本当に大変です。これは、きっと、性差なくそうですよね。母だけでなく父だってもちろん大変。

 

フリーランスになって、強制的に「自分がどうやって生きたいのか」を考えざるを得ない中で気づいたのは、「たくさんの役割が欲しいわけじゃない」ということでした。母の顔と、仕事の顔と、「両方」が欲しいわけではないんです。私は、私の顔が一つあればいい。

 

苦しかったここ数年は、子を産み、自分の中に母という新しい個性が生まれ、それにばかり目が行っていました。「自分の人生を心地よく生きる」を「ワーママとして心地よく生きる」つまり、自分の人生に母親をプラスオンするにはどうしたらよいか、に読み替えていたのだと思います。

素敵なワーママの真似をしようとしても、なぜか自分にはフィットしませんでした。「母」であったり「職業人」であったり、たくさんの個性が複合的に絡みあって「私」を作っているので、ワーママの部分だけを取り出してその中だけでソリューションを探しても、解決はされなかったことに最近気がつきました。

 

細切れにされた「役割」ベースで解決策を探すのはやめよう。私という人が、何をしたいと思っているのかに耳を澄ませよう。今は、自分が母親だからとか、ワーママだからとか、前提を役割で固定するのは意識的にやめようとしています。両方の役割を演じきるのは無理ですから。人生の主役である「たった一人の自分」がどう暮らすかを考えていく中で、両立のバランスも含めた自分らしいキャリアの積み上げ方があるのだと実感しています。これは、第1回で語った「自分時間の言語化」につながっている部分です。

 

 

Posted by あさのみ ゆき

1985年生まれ、山口県出身。 立命館大学卒業後、新卒で(株)ベネッセコーポレーションに入社。 1歳児の親〜小学生・中学生の読み物や広告の企画・編集・制作ディレクションに12年間携わる。 「クッキング★クラブ」「かがく組4年生」新媒体の立ち上げや、小学講座、中学講座の情報誌媒体責任者、イベントのプロジェクトリーダーなども担当。 2019年 フリーの企画編集者として独立「いずみの編集室」を立ち上げる。
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