2017.09.15,

Case.3 突然の夫の海外転職で暮らしが一変! 異文化での両立に夫婦で奮闘中!|髙橋 康治 × 髙橋 紘子

共働きパーソンへのインタビュー、Case.3は、1年前にカリフォルニアに移住した髙橋ご夫妻です。妻紘子さんを中心にお話をお伺いしました。海外キャリアを考えている方、パートナーの転勤に付いていこうか悩んでいらっしゃる方必見です!

プロフィール

【夫】髙橋 康治 (40) 日系スーパーマーケット 勤務
【妻】髙橋 紘子 (35) 日系コンサルティング会社 勤務

  • 居住地:アメリカ合衆国 カリフォルニア州
  • 結婚年数:5年
  • 出会ったきっかけ:友人の紹介
  • 共通の趣味: アメリカンフットボール観戦、ビーチ散歩
  • 長男 (3)との3人家族

出産、住宅購入&売却、夫の海外転職、妻退職
結婚生活6年目、人生猛スピードでアップデート中!


Q:現在のライフスタイルを教えてください

昨年(2016年)、夫がアメリカの会社(日系スーパーマーケット)に転職したことをきっかけにカリフォルニアに移住しました。現地での家探し、車選び、妻の就職活動、保育園・幼稚園探しすべてが一からのスタートでしたが、これらすべてを渡米後3ヶ月でこなし、1年過ぎた今ようやく生活のペースが掴めてきました。

憧れていたアメリカ生活とはまだまだかけ離れていますが、朝夕、家族で食卓を囲める日々の暮らしに幸せを感じつつ、まだ消えない野心をもって、自分達の理想を追い求めて生活しています。


Q:移住前の日本での暮らしについて教えてください

<妻のキャリアについて>
大学卒業後、専門商社、IT企業を経て、外資系不動産会社に勤務していた頃に結婚と妊娠を経験しました。会社の風土は一言で言えば「強いコミットメントが求められる職場」で、女性も成果に応じて役職を持って活躍していました。働き方の面では時短勤務などの柔軟性がない環境のためママ社員にとっては厳しさもありましたが、妊娠中に出世のチャンスをもらった私はマネージャーに昇進し、出産後は慣れない育児と仕事の両立に四苦八苦しながら頑張っていました。

<共働きについて>
夫婦それぞれ仕事をもっていますが、特に “共働き” を意識したことはなかったです。私(妻)は仕事を持っている実母の影響もあり、結婚や出産をきっかけに仕事を辞める選択はそもそもありませんでしたし、夫も私は外に出て行くタイプだと認識していたので、結婚後はごく自然に共働きの形になりました。それぞれが仕事を持つことは互いにとっての刺激になりますし、経済面でも収入がダブルになればリスクヘッジでき、依存しない自立した関係でいられます。

<ライフスタイルについて>
私(妻)は学生時代から続けているチアリーディングが趣味で、社会人アメリカンフットボールチームの専属チアリーダーとして活動してきました。結婚後も、妊活を開始するまでは平日も週1回は仕事の後に練習、週末も練習・試合・イベント・ボランティアにと忙しい日々を過ごしていました。息子が誕生してからの週末は、家族で公園などへ行くことが増え、共通の友人とBBQやホームパーティーをしたり、家族を中心に過ごす時間が増えました。

結婚当初は神奈川に住んでいましたが、出産をきっかけに埼玉にある妻の実家の近くに戸建住宅を購入し引っ越しました。保育園も希望の認可園に決まり、1年半ほど通っていました。

<現役チアリーダー時代>  大好きな仲間たち

こんなに早く海外移住が現実のものになるとは…
夫の内定報告に妻号泣

Q:髙橋家ではもともと海外移住の希望があったようですが?

正直なところ、「希望」と言えるほど明確なものではありませんでした。「いつか海外に住めたらいいね」という話はしていましたが、夫は特に英語が話せたわけではありませんでしたし、私も帰国子女とはいえ、移住についてはまだまだ憧れレベルだったので…。なので、夫からある日突然、現在の会社(アメリカの日系スーパーマーケット)の採用に応募してみた!と言われた時は「えっ!?」という感じでした。とはいえ、まぁ、まず採用されないだろうと思っていたので(笑)、こんなに早く現実になってしまうなんて、本当に夢にも思いませんでした。

Q:まさかの転職内定…夫から海外転職の話をされたときの気持ちはいかがでしたか?

コミュニケーション下手な夫婦なのでお恥ずかしい限りなのですが、実際は話し合いというよりは、いきなりの “報告”  でした。

「実は、書類選考と一次面接が受かって、次は社長との最終面接なんだ。人事の人には “受かるだろう” って言われたし、俺も多分受かると思うんだよね。」

ある日、夫が少年のようにキラキラした目でそんな風に切り出し、「受かったらアメリカに行きたいんだ!」と。あまりに突然の展開に私の頭は大パニックで、子どもを抱え、気づいたら号泣していました。

「保育園に入れて1年ちょっと。真夏に生後3ヶ月の子を連れて保活して、運よく手にした認可保育園を退園しろってこと?」

「職場復帰して間もないこのタイミング……なんで今なの? 私のキャリアは一体どうなるの?」

「何のために実家の徒歩圏内に家を購入して引っ越してきたの?」

「…っていうか、そもそもこの転職が万が一ダメだったらどうするの?  辞めて日本に帰るわけ?」

こんな想いが頭の中を一気に駆け巡ってしまって。

感情大爆発でうろたえる私に、夫はただただ困り顔で「ヒロもいつか海外に行ってみたいって言ってたじゃん…」と。もちろん、私も海外生活に興味があるとは言っていましたが、希望的観測というか、息子が中学生くらいになったら考えられるかな、とかあくまで当面先の夢物語だったわけで……。

本当に今振り返ってもこの時は “話し合い” といえる状態ではなかったです。私たちはなんとなく同じ方向を見ていましたが、現実性やタイムスパンについてはあまり共有していなかったんですね。

人生一度きり!
勝負したり、流されてみるのもありかもしれない

決して計画を立てて進めた移住ではないので、読者の皆さんにとっては参考にならないかもしれませんが、我が家の場合は、最終的に私が夫の熱意に折れる形で移住を承諾しました。「英語ができない俺がアメリカで働けるなんて、これは一生に一度のチャンスなんだ」という夫の言葉に妙に納得したんです。確かに人生は一度きり……これが最初で最後のチャンスかもしれません。私がここでNoと言ってアメリカへ行かない選択をしたとして、もし夫が仕事につまずいたときに 「あの時アメリカに行っていたら……」と悔いる姿を見るのは絶対に嫌だなと思ったんです。

もちろん、夫の転職に付いて行くということは私の退職は免れないので、子育て面も含めてとても悩みました。でも、それ以上に夫の強い覚悟に背中を押されたというか。どのみち明日何が起こるかわからない世の中なら、いっそのこと「よし、行っちゃえ!」でした(笑)

<アメリカ到着初日のショッピングモールにて>  大好きなお父さんと半年ぶりの再会!

Q:築いたキャリアがストップしてしまう不安はありませんでしたか?

夫の転職に伴い私も退職することについては、正直最後まで複雑な気持ちでした。会社での成果へのコミットメントは厳しく大変さもありましたが、産育休期間を含めると約10年在籍していた会社。何より仕事が好きでしたし、復職後のリズムにも慣れてキャリアアップへの意欲も高まっていた矢先のことだったので、いろいろと思うことはありました。それに “キャリアの断絶” という意味でも不安がありました。将来、帰国してから働き口があるかどうかなど、悶々としました。日本は年齢や制約の有無(子育てや介護など)で転職のしやすさが変わってきてしまいますから……。

でも、それを言っていても始まらない! とすぐに気持ちを切り替え、アメリカでのキャリアを考え出しました。どこにいようと私には  “働かない” という選択肢はないので、すぐに行動を開始しました。

Q:実際、アメリカでどのように仕事や保育園を探したのですか?

渡米は、まず夫が先に現地入りして仕事を始め、その半年後に息子と私が追いかける段取りにしました。渡米予定は6月。それまでの半年間は、インターネット等でひたすら仕事情報や住むエリアの保育園情報を調べました。9月の新学期まで時間がないこともあり、保育園(アメリカでは2歳以上はプリスクールという幼稚園になります)探しは必死でした。

アメリカは日本と違い、入園のタイミングは空き次第でいつでもOKなので、そういう意味では焦る必要はなかったのですが、私には “現地で会計の資格を取る” という目的がありまして。渡米後すぐに職業訓練校に通い、空いた時間で仕事をするというライフスタイルを想定していたので、渡米から入園まではタイトなスケジュールになりました。

現地に着いてからはひたすら保育園に電話をかけては見学に行き、候補を絞りました。私の新しい仕事については会計の勉強のこともあるので、学校が終わった午後だけ働けて自宅から通いやすい条件で考え、パートタイマーとして今の会社に入社しました。

Q:近々フルタイム勤務でマネージャーに昇進するとか!?

気付けば新卒からノンストップで仕事をしてきたので、今回の移住は私にとっても一度立ち止まって自分のキャリアについて考えてみるいいきっかけになりました。アメリカに来て会計を勉強しようと思った理由は、こちらでは会計(経理)の求人が一番多く、職に困らなそうだなと思ったことと、帰国することになっても日本でのキャリアに直結すると思ったからなんですが、いずれにしても環境を変えて自分と向き合ったことで将来を考える貴重な時間になりました。

先日、無事に会計の資格を取得し、会社では近々フルタイム勤務(1時間時短)でマネージャーへと昇進する予定です。当初はパートで働いた後、会計の資格を活かして別の会社に転職しようと考えていたのですが、私のこれまでの経験とパートでの仕事ぶりが評価され、元々の業務内容である総務・社長秘書以外にも人事について任せてもらうことになりました。

日本での秘書の経験や、マネージャーとして採用やその後のトレーニングに関わっていた経験が、異国の地でのキャリアにつながりました。移住を決めた直後はすごく不安が大きかったのに、しっかり動いているとキャリアはちゃんとつながっていくんだな、と実感し自信が持てました!  案外、 “キャリアの断絶” なんてないのかもしれませんね。

<身近に海のある暮らし>  家族みんなが大好きな地元のビーチでポーズ

入園3ヶ月で保育園を “クビ” になった息子
文化の違いに負けず、自分たちらしい育児に奮闘中!

言葉での表現がおぼつかない子どもによく見られる “嚙みつき” 。実は、これが原因で息子は最初の保育園(プリスクール)を3ヶ月でクビになってしまいました。アメリカの映画でよくある「明日からもう会社に来なくていいですよ」というのが、わずか2歳児の身に起きたんです。日本じゃ考えられない話ですよね…(苦笑)

最初に入園したのは、アメリカらしくさまざまな人種・文化圏の人が集まる英語オンリーのプリスクールでした。2歳になり、少しずつ日本語でのおしゃべりができるようになってきたタイミングで英語オンリーの環境になってしまったのは、今思えば酷だったなとも思うのですが、当時はそれもよかれと思ってのことで…。

入園当初は毎日号泣していた息子でしたが、2週間くらいで泣かなくなり一安心。そんな矢先に今度は頻繁にお友だちを噛みつくようになり、私たち親も何度か園より注意を受けました。息子は、言葉が通じない自分よりも体格のいいお友達の中で、おもちゃを取られる度にストレスを溜めていたようです。それが重なり、うまく感情表現ができない苛立ちが “嚙みつき” となって現れたのです。

アメリカでは日本のように「人のおもちゃを取ってはいけない」というしつけはない反面、幼児であっても “暴力” には敏感です。ある日、園から「これ以上嚙みつきをやめられないのであれば明日からもう来ないでください」と言われ、唖然としました。日本人の私からすると信じられない内容なので、私も園の代表に抗議しましたが、状況は変わらず…。悔しさを押し殺しながら荷物を運び出しました。

日本の保育園でも、1歳児2歳児の嚙みつきトラブルはよくあるようですが、まさかこれが原因で退園させられるとは! 本当に驚くとともに、文化の違いを感じました。現在は日系のプリスクールに転園し、毎日楽しく元気に通っています。

<保育園を “クビ” になった翌日の記念写真> これも経験!めげずに前を向いて歩いていこう

多様性を受け入れられる社会だからこそ、柔軟に働ける
個人の責任と引き換えに自由が尊重されるアメリカ

アメリカでは、プリスクールの費用は驚くほど高く、産育休(2ヶ月〜4ヶ月程度と短い)中は完全無給と、働くママにとっては決して恵まれた社会とはいえません。にもかかわらず、こちらでは子どもが2人3人、もしくはそれ以上いる家庭もめずらしくありません。日本のような「もっと子育てしやすい社会に!」という社会的メッセージが発信されることもなく、みなさん楽しそうに子育てをしています。なぜだろう? ととても気になったので、私なりに観察してみました。

まず、こちらでは “共働きが当たり前” の文化なので必然的に “ワンオペ” にならないよう、夫婦が平等に子どもたちの面倒を見ている家庭が多いです。移住後すぐの間、私は息子と毎日近所の公園に行っていたのですが、ママ友を作ろうと思ってもママがいませんでした。その代わり、一人でベビーカーを押しながらミルクを与えるパパや、子どもと遊ぶパパがとても多かったのです。妻とバトンタッチで夜に仕事に行く人や、子どものために休暇を取る人などさまざまでしたが、みなさん積極的に子育てしていました。

我が家も、日系のプリスクールに移ったときは預ける枠が週3日しか空いていなかったため、夫が週に1日休み家事と育児をして、もう1日は私が会社に承諾をもらい、自宅勤務をしました。必然的にこのような状況になり、夫も移住をきっかけに子育ての考え方が大きく変化しました。これは移住してよかったなと思えることの一つです。

もう一つは、社会が共働きを前提としているため、家庭ごとの家事育児分担がしっかりされているのはもちろん、社会全体が子どもに対して寛容です。私は日本にいるとき、電車やお店などで周囲の冷ややかな視線を感じながら息子が騒がないように祈り、肩身の狭い思いをしました。多くのお母さんが同じような経験をお持ちのことと思います。(特に都心部では…)

こちらではどこを歩いていても、子連れの人には優先してくれて、みんなが可愛いね! と声をかけてくれます。空港の税関では、子どもが待ちくたびれて泣けば泣くほど、並んでいる人の順番を飛ばして優先的に通してくれます。誰も文句を言いません。日本も保育園の受け皿問題だけではなく、社会ももっと寛容になってくれたらきっと少子化も改善されるのではと思います。

読者へのメッセージ

アメリカでは、就学前の5歳ごろまではプリスクール等子どもを預けるための費用が下手すると1ヶ月の給料分くらいかかるので、それでも割り切ってキャリアを積む人もいれば、2年間は子育てに集中してその後バリバリ復帰したり、子供がきっかけに仕事への考え方が変わり大学に通い直す人もいて、生き方が本当に多様です。日本も、これからはみんな同じような人生コースを歩む時代は終わるのではないかなと感じています。

最後に、私が尊敬する以前の会社の上司に言われた言葉を送ります。

 

会社を軸に自分の人生を合わせるのではなく、自分の人生を軸に会社をうまく利用しなさい

 

仕事はもちろん大切ですが、家族あっての仕事だと私は思います。就職したばかりや、出世したばかりで妊娠したって人生終わりではありません。私もまだ自分の人生に答えは出ていませんが、その時々で自分や家族にとって最良な選択ができるようなよい人生を送り、それを後押しする豊かな社会になってほしいと思います!

Posted by 小山 佐知子

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