2018.12.14,

年末年始の頭痛のタネ……年賀状をスパッ!とやめてみた

こんにちは! プロジェクトメンバー・ライターの今井明子です。

あっという間に年の瀬が迫ってきましたね。

この時期、頭を悩ませるのが年賀状です。

これについては、大手小町などの掲示板やTwitterなどでも定期的に盛り上がるネタ。皆のホンネがバンバン投稿されていて、いかに心をざわつかせる存在なのかがよくわかります。

特に、共働き世帯ともなると、年末の繁忙期、忘年会、大掃除に加えて年賀状の手配までするのは大変ですよね。

 

年賀状というのは、子どものころはもらうと何よりもうれしかったものです。私は友達からの手書きのメッセージが楽しみで、お正月はポストの前で郵便局の人が来るのを待ち構えていたほどでした。

 

しかし、大人になるとどうでしょう。用意するのも大変ですが、もらっても子どものときほどうれしいものではない。もらう年賀状は印刷された文面だけで手書きのメッセージのないそっけないものが多いですし、せいぜいメッセージがあっても「元気ですか? また会いたいですね」という定型文……。まぁ、わかるのです。何年もろくに顔を合わせていない相手だと、どんなメッセージを送ろうか悩んでしまいますからね。

 

なぜ、人は結婚すると年賀状を出すのか

 

私は独身時代、つねづね疑問に思っていたことがありました。

それは、もともと筆不精で何年も連絡を取り合っていなかったような人であっても、なぜか結婚したとたんに「結婚しました」という報告のハガキを送りつけてくる、ということ。そしてそれからは毎年せっせと年賀状を送ってくるのです。

そして、それらは子どもが生まれたら子どもの写真だけしか載っていない年賀状であることが実に多い。

私は子どもが生まれるまで、特に結婚する前までは、こういった「結婚しました」「子ども生まれました」系の年賀状を受け取ると、心が実にどんよりしました。自分がまだ人生における「宿題」を片付けていない二級市民であることを思い知らされたから。

 

しかもその子供だけの写真が、どこかの写真館で撮影したのならまだしも、ゴチャゴチャした部屋の中で撮影された写真だったりすると、はがきからモワ~っとした所帯臭さが漂ってきて、本当に鬱々とした気分になるのです。

 

そして、子どもと一度も会ったことのない人から、そういった子どもの写真しかない年賀状を受け取っても、「誰やねん…」という感想しか出てこない。会ったことのある子どもの写真や、SNSで定期的に子どもがらみの投稿をしている人からの年賀状なら、「ああ、あの子がこんなに大きくなって…」という感慨にもひたれるのですが。

 

まあそんな辛辣なことをつらつらと思っていたのですが、いざ自分が結婚するときになり、結婚準備をしてわかりました。結婚準備のためのマニュアル本やWEBサイトなどには、必ず「親戚や友達に挨拶状を送る」という項目があることを!

そして、結婚式の前撮りをすると、その写真を挨拶状に使うと割引になるサービスがあったりもする。

 

なるほどね!

もはやこれは息をするのと同じくらい自然な既定路線なわけだ!

これなら、ふつうは挨拶状を送っちゃうよね!

そして、その流れで毎年写真の年賀状も送っちゃうよね!

 

写真付き年賀状を毎年送ってくる人の心理は、こういうことだったのでしょう。

 

  • そもそも、送ることが当たり前。社会人としてのマナーである
  • 別に自分は子どもの写真入り年賀状を受け取るのはイヤではない。むしろうれしかったりもする
  • 写真入り年賀状を嫌がる人がいるのはわかっているが、出す相手によって文面の内容を変えるなどの手間をかけている暇がない
  • (子どもだけの写真を送る人は)家族の集合写真を撮っている時間がない
  • (背景が散らかった部屋の写真を送る人は)外で撮影している時間がない

 

事情はよくわかりました。そして、私も悩みました。

挨拶状を送るほうが、礼儀作法をしっかりとわきまえた人という印象を与えることができる。

しかし、立場が変わったら、コロッと「あちら側」に行くのは私の信条に反する。私は、立場が変わってものの見方が変わっても、今まで抱いていたモヤモヤとした気持ちを忘れたくはないのです。そう思ってしまった自分を否定したくはないんですよ。

 

そこで考えた着地点は、こうでした。

「個人的な付き合いの相手には、そもそも年賀状を送らない」

「だから、年賀状につながる結婚式の挨拶状も送らない」

 

でも、この決断を下すのは結構勇気がいりました。

だから、年賀状をやめたくてもやめられない…という既婚者の気持ちはよくわかります。

 

年賀状は営業ツール

 

というわけで、私は個人的な付き合いの相手には年賀状を送らないことにしたのですが、これでほとんど支障はありません。

だって、SNSでつながっていれば、年賀状で近況報告をする必要がないからです。

 

もちろん、私的な年賀状をもらうこともありますが、返事は出しません。もし、向こうからの年賀状に何か返事をしたいトピックがあったら、メールで返事をします。これはあくまで「年賀状」は出さないぜ、という意思表示です。

 

しかし、まったく年賀状を出さないわけではありません。

仕事用の営業ツールとして、取引先には年賀状を出しています。

その年にお世話になった取引先、今進行中の案件でお世話になっている取引先には送ります。

仕事柄、1回しかお付き合いしなかった取引先や、1回しか会わない取材先は結構多いので、そこに毎年律義に送り続けると、年賀状の枚数が天文学的数字になります。だから、あくまで「その年にやりとりがあったか」だけが基準です。これでも特に取引先が減るわけではないので、やっぱり支障はありません。

 

フリーになってからはライター仲間から仕事をもらうこともあるのですが、これは熟考の末出さないことにしました。ライター仲間というのは、取引先というより同僚に近い存在です。会社にもよるのでしょうが、私が勤めていた会社では、社員同士では年賀状は送りませんでした。その慣例にのっとって、送らないことにしたわけです。まあ、ライター仲間もほとんどがSNSでつながっているので、年賀状なしでも支障はないんですよね。

 

そう考えると、SNS(特にFacebook)でつながっていて、「いいね!」やコメントのやりとりのある取引先にも年賀状はいらないかな…ということになり、出さないことにしました。

 

また、少し前に、紙媒体からWEB媒体に転職した得意先の方が、「WEB媒体になったので、もう年賀状は出しません」という宣言をされたのを目にしました。なんと潔い宣言なのでしょう。しびれます! まあ確かに、WEBの人は年賀状というアナログな連絡ツールと相性が悪そう。年賀状を送ったらかえって失礼なのかもしれません。そういうわけで、ほかのWEB媒体の人にも出さないことにしました。

 

SNSでよくないか?

 

そう!

つまるところ、SNSがある。

だから、わざわざ年賀状で近況報告をする必要がないんですよね。毎日のように近況報告を見ていると、年賀状で1年に1回近況報告をする必要性を感じない。「えーっと、あの人は私の投稿をいつも見てくれるから、年賀状にはあえて何を書けばいいんだっけな」となるわけです。

 

じゃあ、SNSでつながってない人は切り捨てればいいのかというツッコミが入りそうなんですが、別にそれでいいと思うんですよ。そもそも、今SNSでつながっておらず、何年も会っていない人とは、ほぼ接点がないので、いざ再会しても、あまり話ははずまないものです。つまり、縁はとっくに切れている。でも、そういった人とも、何かの拍子でつながることはよくあるものです。だから、一度リセットして、いつかつながる日まで待てばいいのです。

 

そんなわけで、年々枚数が減っている我が家の年賀状事情です。

いやはや。年末年始に年賀状を大量に書かなくていいというのは、なんてラクなことなのでしょうか。

 

しかし、こんな方針でやっていても、いまだに私的な年賀状が来るのです。

何年も会ってないし、こちらは返事をしないのに、脊髄反射でせっせと送ってくれる人がごくわずかにいる。

 

さあ、我が家が完全に私的な年賀状から脱する日は、いったい何年後になるのでしょうか。

Posted by 今井 明子

酒メーカー商品企画部、印刷会社営業職を経て、2004年より編集者&ライターに。2012年に独立。気象予報士の資格を生かし、母親向けお天気教室の講師や地域向け防災講師も務める。 家族は夫と2014年生まれの長女と2018年生まれの長男。
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