共働きパーソンへのインタビュー、Case.6は、鈴木さんご夫婦です。同じ会社に勤めるお二人。2017年の娘さん誕生を機にそれぞれが時間差で育休を取り、仕事と家庭を両立されています。一人の働く男性として感じてきた時代遅れのキャリア観に対する危機感やジレンマ。女性が直面しがちな育児・家事の呪縛と、男性が背負い込んでしまう大黒柱観への疑問…。新しい時代の夫婦、家族とは何か?を考え行動する庸介さんにお話を伺いました!【小山佐知子】
フランス赴任中の会社のフットサル大会。フランス人ビジネスパーソンに囲まれ自身のキャリアを振り返る機会に
育休取得で気づいた、意識的かつ戦略的にライフスタイルをレビューする大切さ
—鈴木さんは総合商社にご勤務とのことですが、簡単に経歴と今のお仕事内容を教えていただけますか?
鈴木庸介さん(以下庸介):生まれ育った静岡では少年野球を経て、中学・高校と野球漬けの日々を送ってきました。大学でも体育会で野球漬けでしたが、一方で2年間のアメリカ留学も経験しました。卒業後は現在勤めている総合商社に就職し、最初は本社営業本部の企画総括部で予算管理や戦略策定に従事しました。その後、入社4年目の時にフランスへ渡り、買収直後の仏商社での日本人メンバーの一人として統合・シナジー案件を担当しました。帰国後は営業部署に帰任し、結婚。メーカーに出向している2017年11月に娘が生まれ、半年間の育休を経て2019年4月に職場復帰したところです。
—わ!なんだかすごいキャリアですね…。エリート街道まっしぐら!という印象を受けるのですが…。
庸介:こうやって経歴だけお伝えするとそう思われるかもしれませんが、社会人経験も10年が過ぎました。さまざまな仕事を経験する中でモヤモヤしたりジレンマを抱えることも多々ありましたよ(苦笑)今は育休復帰のタイミングなので心機一転、気が引き締まる想いですけどね。
—今日は、育休の話やご自身のキャリア観、そして、亜季さんとのパートナーシップの築き方などたくさんお聞きしたいなと思っています!…早速ですが、まずは庸介さんのキャリア変遷から。国内外で活躍されてこられたようですが、「キャリアのモヤモヤ」というのは具体的にどんなものだったのでしょうか?
庸介:これまでの仕事や働き方を振り返ってみると、主に3つのフェーズがあったのかなと感じていまして。
■これまでのキャリア変遷■
初期(〜入社4年目まで):がむしゃらキャリア期
- THE日本的な働き方
- タスクが多く、長時間労働が当たり前(ランチは社食で15分)
- 「下積みはなんでもやる!」体育会的価値観
中期(〜6年目まで):ビジネスパーソンとは?模索期
- 世界を相手に大きな仕事を任され、キャリアが着実にアップしている実感をもつ
- 一方で、“個”が強いフランス人と比較し個としての自分の弱さを感じるようになる
- 帰国後のMBA取得を考え始める
直近(7年目以降):新しいキャリア観形成期
- 営業部署帰任早々、超長時間労働
- 個としてのスキルアップになる手応えが感じられない
- 心身のバランスを崩しメンタルクリニックを受診
- 結婚、そして娘の誕生
- 妻と時間差で育休を取得し平日のワンオペ育児も経験
- 育休中はNPOなどの団体でプロボノを経験
—なるほど。こうしてみると、直近は精神的に辛い時期があった反面、出産というライフイベントをご自身のキャリアを考え直す機会として上手に活用されているようですね。
庸介:結婚や出産といったライフイベントの変化が僕自身のキャリアに与える影響は大きかったです。妻は、1年半の産育休を経て今年1月から職場復帰しました。僕は2018年10月から半年間育休を取得しこの春に職場復帰したのですが、妻の復職後3ヶ月間は平日の家事育児を全て担ってきましたから、生活面は本当にガラッと変わりましたね。色々なことを学ぶ期間という意味でも、会社の外に身を置いてみることは大事だなと。
—とても興味深いです。育休のお話はのちほどじっくり伺うとして、まずは庸介さん自身のキャリアについてもう少し聞かせてください。組織の一員としてのキャリアという意味では着実にステップアップされている印象なのですが、「キャリアのモヤモヤ」については、やはりフランス駐在の経験が大きかったのでしょうか?
庸介:そうですね。入社4年目までは「すべて勉強!」という感じで、体育会的な温度感で仕事をしていましたから長時間労働や働き方そのものに対する疑問なども特になく、組織の一員として、まさにがむしゃらでした。それがフランスに派遣されてからは、「個としての自分」について考えることが多くなった感じですね。たとえば、現地で自己紹介するときは所属してきた部署の名前を伝えてきたのですが、これだと決まって「で、君自身は何ができる人なの?」と聞かれてしまって。会社の一員としてだけではなく、もっと自分自身のスキルアップを考えなくては、と感じるようになりました。
—異なる文化に身を置いたことで、いろいろな刺激を受けられたのですね。
庸介:フランスで働いた経験はターニングポイントでした。ただ、帰国してからは超・長時間労働で個としてのスキルアップとは無縁な社内業務で…。負荷の多い業務に自己効力感を持てなかったりとどん底を経験しました。とはいえ、一方では経営大学院に通って社外の人脈ができたり、娘も生まれたことで精神的にかなり救われました。最近は、これまで当たり前だと思ってきた働き方や生き方への疑問、そしてそれらの限界感をポジティブなアクションへと変換し、妻とともに「自分たちは中長期的に何がやりたいのか」、「どんなライフスタイルを望んでいるのか」など考えています。
—ほかに、働き方や生き方の方向性で影響を受けたものはありますか?
庸介:『LIFE SHIFT(ライフシフト)』を読んだことですね。単に「金銭的に長生きに備える」とか「共稼ぎ最強!」という話ではなく、社会・産業が大きく変化する時代だからこそ、私たちは意識的かつ戦略的にライフスタイルのレビューをする時間を持つことが大事だと気づいたんです。
—私も同じくライフシフトに影響を受けた一人として、とても共感します!
庸介:あとは、働き方だけじゃなく「定期的な学び」や「コミュニティ」についても考えさせられましたね。育休中はアフリカの医療改善を行うNPOとイクメン支援のNPOという新しいコミュニティに加わったのですが、会社以外でのネットワークができて視野が広がりました。 “キャリア” という意味でも多様性を高めてポートフォリオを組むのは将来的なアドバンテージになるなと感じます。
NPO(Fathering Japan)の会員になり育休セミナーに参加。コミュニティが格段に広がった
育休後フルタイムで復帰した妻と、時短で育児を担う夫。
バリキャリ志向ではない妻がフルタイムで働く理由
—私たち共働き未来大学もまさにライフシフトの読書会をしたり、100年時代に備えたアクションを起こす方たちを取材しているので、鈴木さんのアクションや危機感のきっかけは本当に共感します。さて、ここからはご夫婦、家族のお話も聞かせていただきたいのですが、今回、庸介さんが育休を取った背景をもう少し詳しくお願いできますか?
庸介:大きく2点あるのですが、ライフシフトの話が出たので、まず1点目は共働きの捉え方として「シーソーカップル」についてお話しようと思います。
—シーソーカップル…!! リンダ・グラットン教授が提唱している新しい家族の形ですね!
庸介:一口に「共働き」といってもさまざまなケースがあると思います。「シーソーカップル」は、夫婦が代わりばんこに働くイメージといったところでしょうか。私たちのケースで言えば、妻は育休後、時短ではなくあえてフルタイムを選んで復職しました。僕が時間差で半年間の育休を取ることで育児と家事をメインに引き受けているので、彼女は復帰時期を早められ、復帰後も仕事だけに集中できています。ちなみに僕は復帰後時短勤務になるので、今後も当面は育児のウェートは彼女より増えますね。
—なるほど。庸介さんにとっては、育児と家事がメインになるとはいえ、会社以外のコミュニティに属したり勉強できるという意味では、シーソーカップルはとても合理的な選択ですね!
庸介:そうですね! 育休中はもちろん育児ファーストなわけですが、会社から離れることで自分の時間をプロボノなど社外の活動に費やせるのはとても意義があると思っています。最近は「サバティカル休暇」という制度を取り入れる企業も増えてきているようですが、今思うと僕はまさにサバティカル休暇のような時間を欲していたのだと思います。自身のキャリアや家族観についてモヤモヤしていたときに娘が生まれて、それがたまたま育休という形で実現できた。このタイミングでの長期の育休、とても有意義だったと感じています。
—とても共感します。育休は単なる「お休み」ではなく、育児を通して自分自身の過去を振り返ったりスキルを上げる絶好の機会ですからね!
庸介:とはいえ、社会的に男性の育休取得(特に長期の取得)はまだまだ少数派ですから、「育休を取った」と言うといろいろな反応があります。我が家のように妻がフルタイムで復職し、夫が家で家事や育児をしていると、周囲からは「子煩悩なんですね!」と言われることが多いし、勝手に「マイホームパパ」のイメージを持たれたりもしますから。妻についても「バリキャリ志向なんだな」と思われるかもしれません。でも、妻も僕もこれにはちょっと違和感があるんです。
—ほうほう…というと?
庸介:もちろん僕は娘が大好きですが、決して子どもとべったり一緒にいたいからという父性100%の理由で育休を取ったわけじゃありませんから。これは先ほどからお話している通りです。そして妻もまた、フルタイムだからといって「出世したい」といったガツガツした上昇志向があるわけではありません。
—それはかなり興味深いです!
庸介:これが僕が育休を取った2つ目の理由なんですが、女性のキャリア形成って本当に難しいなと感じていて…。僕は妻に対して、母親である前に一人の “働く女性” として気兼ねなく仕事をし、活躍してほしいと思っているんです。女性は出産を経験すると “母親” になり自然と意識が家庭に向いてしまう傾向がある。なのであえてフルタイムで働くことで、働く女性としての自覚と自信を持ってキャリアを築いてもらえたらなと。そんな理由から、妻に提案してみたんです。
—自覚と自信…なるほど!! 確かに、職場に復帰したからといってすぐに仕事モード全開になれるママは少ないですよね。というか、保育園に通い始めたばかりの子どもも慣れない集団生活で体調を崩しやすいですし、春は保育園からの呼び出しが頻出して仕事にならない!というのは “ワーママあるある” だったりしますからね。
庸介:我が家に関しては、僕が時短勤務で平日の育児を担いますので、そうした “呼び出し” も僕が対応するため、妻は仕事に集中できます。すでに産育休で1年半のブランクがある妻が時短勤務を選んでしまうと任せられる仕事も限られてしまいキャリア形成は難しくなりますから。今は仕事ファーストで頑張ってもらえたらなと。
—多くの働く女性が「育休復帰=時短勤務」を選ぶところ、あえてフルタイムを選び、その分パートナーが家庭をフォローするという選択はまさに新しい時代のロールモデルですね! ちなみに、亜季さんは同じ会社に勤務されているとのことですが、亜季さんご自身のもともとのキャリア観はどのようなタイプなんでしょうか…?
庸介:僕から見た妻は、決して “バリキャリ” ではないですね。…というと語弊があるのですが、一般にこれまで言われてきたバリキャリというのは、男性と肩を並べて長時間労働も厭わないというようなマッチョなタイプだと思っていて。その意味では妻は全くバリキャリではなく管理職希望も特にありません。ただ、人生の目標は高くて、いい意味で仕事への危機感も持っています。
—いい意味での危機感ってとても大事だと思います!
庸介:妻は最近、デジタルコンテンツの大学(エクステンションプログラム)に通い始めまして。興味のある分野での学びなので今の仕事には直結しませんが、将来的なキャリアチェンジを見越した学びとしてはとても意味のあることだと思います。
—すごい! 亜季さん自身も、ライフシフトで言うところのポートフォリオワーカーなのですね!
庸介:この講座には年齢もバックグラウンドも異なる多様な人たちが集まっているようで、隣の人が金髪のおじさんだったり、女子高生だったり(笑)こうした会社以外のコミュニティは色々な刺激があって楽しいみたいです。
—外で学べるのも、フルタイムで働けることも、パートナーとの協力体制があるからこそですね。庸介さんのサポートは亜季さんにとって本当に心強いことと思います。
庸介:仕事のほうも、一般職とはいえいわゆるアシスタント業務だけをやるのではなく、責任を持った仕事を任せられているのでやりがいを感じているようです。業務プロセスの改善を提案したり、海外出張の機会を狙っていたり、と仕事に対して積極的になってきたようです。先ほど話したように、「キャリア志向なんだ」と見られることはプレッシャーにもなりますから、上手にコントロールしながら頑張ってほしいです。
—貴重なお話ありがとうございました! 最後に、お二人の今後のビジョンをお聞かせいただけますか?
庸介:今後は、夫婦のどちらか…または双方が決められた勤務時間に縛られないフレキシブルな働き方をしてみたいなと思っています。子どもを育てながらの共働きはまだ始まったばかりですが、一般的な日本のサラリーマン夫婦の場合、双方のキャリア形成と育児・家事の両立は予想以上に難しいと気づいたので…。これからの時代を生きる娘にとってのひとつのロールモデルになりたいと思っています。
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