2021.07.13,

再婚家庭は「〜したらダメ?」
イレギュラーな家族でも最高に幸せな理由

一昔前と比べて、ずいぶんと家庭の環境は変わったと思っています。今は女性も働きに出て、子育ては保育園と連携をとりながら行っていく。子どもを育てていくのには、大勢の大人が必要なことに気づきます。そして、まず子どもの一番そばにいる「ママ」と「パパ」の家庭内の連携が必要不可欠でしょう。

ところが現代では、そのママとパパが別々の道を歩むことも珍しくない時代なのです。離婚をすれば片親本人は独身になりますから、再婚も法律上は問題ないことになります。しかし、子どもにとっては、生き別れた親も、どんな親でも自分の親。さらに再婚して新しく加わった親も、また親なのです。

――実はこれは我が家のこと。今回は最近見えてきた、我が家の「家族のあり方」についてお話ししようと思っています。

現代では珍しくない「再婚」

一昔前の日本では、まだまだレアケースでしたが、現代では離婚は珍しいことではありません。保護者会でも子ども同士の会話でも「うちは旦那がいなくて」「パパがいなくて」という言葉はよく聞きます。はつらつとしたテンションで当事者に語られれば、聞いてる方も特にびっくりすることはありません。むしろ結婚の最中に、様々な苦悩に悩んでいた女性(または男性)を知っていれば、それこそ「シングルになって、幸せそうだね」と言えるような状況もあるでしょう。

さて、その離婚時の目まぐるしい生活環境の変化を乗り越えて、子どもの養育をしている親と子どもの生活ペースが出てくると、意外とシングルの生活にも余裕が出てきます。私も子どもと自分の生活する家があり、当時は正社員で介護士をしていました。自宅から保育園、職場か自宅の往復距離が短く、今思えば恵まれた環境でシングルマザー時代を過ごしていました。なので、「シングルって嫌だな。大変だな」と思ったことはありませんでした。

様々な大人の手を共働き世帯も借りるように、私も保育園や行政の母子サポートなど数えきれない助けをもらいつつ、子育てと仕事を両立していました。子どもと私だけの世界の自宅は、それはそれで楽しく居心地が良かったのも覚えています。

穏やかな生活が続きました。そして同じ職場で働いていた、今の主人に出会い順調に交際が進み、そして結婚することになったのです。

“いいところ取り” なのは子どもを連れている自分

私と主人が付き合った当初、私は「自分の恋愛に子どもを巻き込まない」と決め、しばらくは主人と子どもを会わせることを避けていました。次第に結婚を考え始め、その前にお試し期間として「一緒に住んでみようか」と同棲を経て、結婚。

再婚には長男、次男も賛成してくれました。家族の記念日は3月7日。
家族全員の誕生日を一桁ずつ足して出た「37」という数字。「みんな」と読めるこちから「語呂がいいね」ということで、マイホームの購入など、色んなことがありましたが、わざわざその日まで待って入籍しました。

これから「みんな」で家族になるんだ。この日を境に「きっといい家族になれる」と信じてやまなかったのです。多くの家族は結婚をして、子どもが1人ずつ増えて、そこからだんだんとファミリーになるけど、この3月7日をもって主人は「妻である私」と「幼児2名」のお父さんになったのでした。

結婚と交際は違うと、よく言います。再婚もその通りでした。よくママ友には「もう一度、結婚しているから、そのようなギャップはないでしょう?」と聞かれます。いや、あります(笑)。

おそらく主人は子どもの正式な養父になったことで、今まで以上に子育てに真剣に向き合ってくれたのだと今なら思えます。その結果、今までのようにニッコニコな笑顔で「いいよ」というだけの関わり方を子どもにできなくなったのでしょう。次第に私から見て、「しつけが厳しい」と感じるようになりました。それで主人と喧嘩をしたりしたこともあったし、「もしかしたら再婚なんて(しないほうがよかったのかな)」と悩んだこともありました。

ですが、ある日気づいたんです。「この再婚って、私だけが“いいとこ取り”だよね」と――。

それは最初のときは分かっているようで、分かっていなかった現実でした。子どもにも結婚の快諾をもらったし、主人と結婚を決めた。「こういう苦労があると思うよ」とたくさんのことを2人で話し合った。それってでも、「私は子どもの母親で、私は彼の婚約者」という立ち位置があって、自分の立場は守られてのこと。私が一番「脂ののった美味しいところ」を食べています。

主人との再婚を知っていたら、子どもは空から私のところに来てくれいなかったかもしれない。私の子どもと1年暮らしている実績はあれど、主人はそもそも1人の女性として私を愛してくれたからこそ、子どもと出会って、そこからの関わりなのです。

子どもと夫の調整役を「私」が担えたら

釣り

主人とのデートでは、よく海釣りに出かけます!

再婚をした時、世間にまだ残る「再婚のイメージ」に触れてきました。近所の方には「前の旦那さんとの親族に合わせたら、今の旦那様がかわいそう」と言われたりしましたし、主人の親御さんにも最初は「会わせないで」とお願いをされました。私の両親でさえ「再婚を“してもらった”んだから、彼と彼の家の方針に合わせなさい」と言われたのです。

まるで再婚する人は、お願いしてお願いしてやっと結婚してもらえたかのような印象にショックを受けました。

「だって私は仕事もしていたし、1人で子どもと生活もできたんだもん」「泣く泣く主人と結婚したわけではなく、主人は私を選んでくれて私も主人を選んだのに」と思ったものです。

子どもだって、血の繋がったパパと私に離婚されたのは予想外のこと。「ママとウマが合わなかっただけ」と思っているに違いないし、さらにママが再婚しただけで、大好きなおばあちゃんに会えないのは辛いでしょう。

主人だって「私のことが好き」で結婚したのなら、初婚ということもあるだろうし、甘い新婚生活とやらを私と送りたいはずです。

私が再婚したのだから世間の声に「放っておいてほしい」と思いつつ、周りに言いたいことは山ほどあたものの、家庭ではいい思いをさせてもらっているのは事実。

だから「私は家庭の中で十分いい立場にいる」ということをまずは自覚し、外部の交渉は私が引き受けることにしました。主人は前の夫や祖母に会うことを嫌がってませんでしたし、子どもも祖母に会いたがっていること――。勇気がいりましたが、その気持ちを汲んで実際に、義両親に交渉をしに行ったこともあります。近所の方にも「離婚は親の勝手だからこそ、再婚では子どもの気持ちを優先したい」ことを伝えた上で、「子どもを優先した結果、主人に不満がたまるのなら、それは私が窓口になります」と話したことも。

実際に子どもが前の嫁ぎ先である義実家に遊びに行ってる際は、私たち夫婦は結婚して3年の今でも頻繁にデートをしています。直接は口にはしませんが「血のつながらない子ども」を育てる主人のことを理解したいからです。血がつながっていても、働いて子どもを育てることは大変です。血がつながっている立場で可愛い子どもを育てている私には、主人のリアルな声が大事になります。どうしても自分の子どもは可愛い。でも選んだパートナーですから、主人も大事にしたい。夫婦に強い結束があるのなら、きっと血が違う子どもを育てることにもプラスに動くことでしょう。まずは「彼女と結婚したい」と思ってくれた主人に応える時間も必要だと思っています。再婚してからは、わけを話しママ友にも協力してもらって、よそのお子さんを預かってお泊まりをしてみたり、主人の気持ちを体感しようと努力もしてきました。

私は、再婚でも家族は家族だと思っています。もう家族なのだから、子どもも大人も「過ごしたいところで過ごすのが一番」だと考えているんです。「こうであるべき」というレッテルにとらわれなくても、私たちは一つの家族なので大丈夫。土日に離れて過ごしていても、大事な人としてそれぞれが、それぞれらしい気持ちで関わっていければいいのです。

もちろんこれまで子どもと関わってくれた祖母や前の主人に対しても子どもが満足するように接点を持ってほしいと思いますし、私も前のお姑さんと電話をしたり送迎をしたりして、いいお付き合いを継続させてもらっています。そのくらいは「一番いい立場の私がやるよ!」って本心で思ってるんです。自分を犠牲にせずとも、みんなが気持ちいい過ごし方を考えられたらいいなと思うんですよね。最初の頃は色んな感情がありつつも今では再婚でさらに大人の手が増えて、親戚も増えて私も子どもも助かります(笑)。前の大姑さんが今の私の主人に向けて「私のひ孫を育ててもらっているから」と、主人が好きなお取り寄せグルメまでくれるようになりました。ありがたいですね。

家族の定義は人それぞれ違っていい

砂漠

子どもが「砂漠に行ってみたい」と言い出したことで、大島に行った家族旅行。

「姑と嫁がうまくいかないのは、旦那様のクッションが足りない」と何かの本で見ました。私はこの再婚でうまくいかなくなった時は、私の役割不足だと認識しています。大事なのは外部の声ではなく、同じチームとして頑張っている家族の心の声を汲み取る姿勢だと思っています。これは共働き方にも通ずるものがあると思うのです。

いろんな家族がいていい。昔の「旦那様には尽くすべき」という姿勢も、「嫁にとってやったという思考」も私は否定する気はありません。でもこのとき、お嫁さんや妻の女性の声を聞けないからダメなのです。いろんな答えや声、問題提起があっていいと思います。大事なのは「現状に家族が納得しているのか」だと思うのです。

私は「前の旦那のところに行くなんて」と指摘もされてきました。「シングルマザーなら子どもを育て上げてから結婚すればいい」と言われたこともあります。それも、どれも納得です。実際にそう思う人がいておかしくないです。でも私は、その意見を聞いてみた上でやはり、「シェアハウスみたいな家族が作りたい」と思います。様々なアプローチをして夫や子どもに話を聞いてみたり、様々なやり方を模索してきました。それで7割ぐらい他の3人の「家族像」も理解しています。だからこそ、この距離感で行くと決めたのです。

実際にシェアハウスのような家庭は、とても面白いです。「おばあちゃんちではこんなカレーだった」という話を「そうなんだ」と聞く主人がいたり、「このあいだ、パパと2人で食べたレストラン、よかったよ」と日曜日の夜の食卓は、外部での活動報告(笑)が我が家では盛んです。

周りの目を気にしすぎて、家族の心が死んでしまうことだけはあってはならない。ときには育った環境がそれぞれ違う4人ですから、雲行きが怪しくなることもあります。それでもそれはそのまま受け止めて、また違う場所でもシェアハウスである家庭でも、うまく発散できたらいいと思うんです。

「家族だから夕食くらいは家族全員で食卓を囲む」
「家族だから土日は一緒に過ごすべき」
「家族だから家事は手を取り合うべきである」
「お父さんに子どものお風呂をお手伝いしてもらいましょう」

こんなフレーズにザワザワしてしまうことがあったなら――。どうか自分の家族の形に自信を持つ力をつけてほしいと願ってやみません。

実際に「再婚したのだから」と私に言ってきた人は、楽しい日々を送っている私たちに今では「いつも楽しそうね」と声をかけてくださいます。家庭は職場ではありません。法律で定められている規則があるわけでもありません。楽しく過ごせてれば、イレギュラーな家庭でも、絶対に「私たち家族が最高な理由」として話せる日が来ることでしょう。

Posted by 道上友紀

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