先日、政府による突然の『子連れ出勤』推進宣言が出されました。
報道によると、宮腰光寛・内閣府特命担当大臣少子化担当相が、子連れ出勤を導入している授乳服メーカー「モーハウス」を視察。その際、「赤ちゃんの顔が幸せそう。乳幼児は母親と一緒にいることが何よりも大事ではないかと思う」「(子連れ出勤は)新しい施設を整備する必要がなく、企業の規模にかかわらず取り組むことができる。想像以上に『これなら、どこでもできるのではないか』と実感した」と述べ、政府として『子連れ出勤』を後押しする考えを表明したとのこと。唐突感の否めないこの発言直後、『子連れ出勤』に対して否定的な意見が噴出しました。はたして『子連れ出勤』は個人にとって、企業にとって、社会にとって排除すべき “悪” な働き方なのでしょうか?
子連れ出勤が議論になる背景
政府が『子連れ出勤』を後押しするのは、少子高齢化による労働力人口の減少を女性の労働力で補いたいから。出産や育児などで離職した女性たちが子どもを育てながらできる仕事環境を整えれば働くだろう、と考えもあったはずです。ですが、そもそも働く働かないの決定権は個にあり、政府に強制されるものではありません。
案の定、『子連れ出勤』は大批判の嵐。しかも宮腰大臣は、三歳児神話の「赤ちゃんはママのそばが一番」に加え、切羽詰まっている待機児童や人手不足の解決をまるで個人や企業に委ねるかのような発言を重ねました。その後「母親だけを対象としたり、政府や企業が強制するものではない」と釈明しましたが、同大臣の見当違いな発言に怒りと虚脱感を覚えたのはわたしだけではないはずです。
視察先のモーハウスの取り組みを見れば、同社の『子連れ出勤』がニーズから生まれたものだと分かるはず。今回の『子連れ出勤』批判の本質はそこではなく、性別分業の名残を感じさせる同大臣の発言こそ原因だったのではないでしょうか。
そもそも政府の『子連れ出勤支援』の内容って?
では、政府のいう支援とは一体何なのか。
聞けば自治体向けの「地域少子化対策重点推進交付金」の補助率を現行の2分の1から3分の2に引き上あげる、とのこと。しかし、これには首をかしげてしまいます。
というのも、この補助金。使用用途の多くは結婚支援(平成30年度地域少子化対策重点推進交付金(優良事例の横展開支援事業)参照)なのです。
ここで、さらに詳しく少子化対策に使われる予算を見てみましょう。
下表のとおり、平成30年度は約4兆6000億を計上。
少子化対策全体でみると、赤で囲った項目について予算が多く使われています。
【1】重点課題①「子育て支援施策を一層充実させる」
【2】きめ細やかな少子化対策の推進(1)結婚、妊娠・出産、各段階に応じ、一人一人を支援する。③子育て
の2点ですね。
表.平成30年度少子化対策関係予算の概要
平成30年版 少子化社会対策白書より筆者作成
ですが、この項目をさらに詳細にみていくと……
【1】の約68%に未就学児が通う保育園や幼稚園などの保育料補助である「子どものための教育・保育給付等」(約9031億)が、【2】の約53%が「児童手当」(約1兆3795億)。つまり、少子化対策=現金支給が多くを占めていることが分かります。
しかし、子連れ出勤の推進に使われる予算は、 “ 重点課題(5)「地域の実情に即した取組を強化する」” の約10億円、しかもその一部なのです。これは少子化対策予算において極めて低い割合であり、「働き方として後押しします!」という政府の本気度を測りかねます。
もちろん現金支給も子育て支援には間違いありません。が、今最も必要とされている “ 働きやすさ ” を実現する施策(男女の働き方改革や職場環境の改善、また男性の育児休業取得や多様な働き方の醸成)が後手に回っているという事実。そして「3年間抱っこし放題!」「子どもを産まなかった方が問題」放言(本音?)の与党政治家から繰り出される少子化対策はどうも見当違い感が否めません。
子育て支援の課題は山積しています。全国の都市部で起きている待機児童問題。いくら幼保無償化をされても利用できる施設がなければそのメリットを享受できないですし、そもそも保育士の方々の処遇改善や働く場の環境改善などが先ではないかという意見も多くあります。
さらに、小学生が放課後過ごす学童クラブの不足、不妊治療向けの助成や産後ケアなど出産前後の継続した支援体制整備等々――。
果たして現金支給が主軸の政府子育て支援(少子化対策)は優先順位として正しいのでしょうか。
『子連れ出勤』は個人や企業にメリットはあるの?
では、『子連れ出勤』は働き方の選択肢の一つ、と考えた場合どうでしょう(もちろん政府からも企業からも強制されるものではない、ということが大前提)。本当に個や企業にとってメリットのない働き方なのでしょうか。
いえ、そんなことはありません。ここでエンウィメンズワークが調査した「結婚・出産後の仕事」で興味深い結果が公表されています。
「結婚・出産後働き続ける上で課題となることは何ですか?」という問いに対し、「働ける条件に合う仕事」(78%)、「時間の制約」(75%)、「保育園・幼稚園の空き状況」(59%)、「上司、同僚の理解」(58%、53%)と回答。(図―1)
図―1.働き続ける上で課題となることは何ですか?(複数回答可)
また、女性が長く働ける職場環境については、“ 職場の理解 ” のほか、「待遇・福利厚生が充実している」(77%)「多様な働き方を実現する制度がある」(71%)など、制度の完備と並行し、個人の状況を理解してもらえる環境が求められていることが明らかに。(図―2)
図―2.女性が長く働けると感じるのは、どのような職場環境だと思いますか?(複数回答可)
女性が対象の調査結果ではあるものの、多様な働き方の選択肢が多いこと、その環境が整っていれば、子育て世代のみにとどまらず、看護・介護両立中や病気を抱える人、全ての人たちが働き続ける可能性が高まることは間違いありません。個人ではライフイベントにより働くことを諦めなくて済み、企業にとっては貴重な人材の流出を防ぐことができるようになるのです。
『子連れ出勤』を導入する企業は増えている
実は『子連れ出勤』を導入する企業は増えつつあります。既出コラムでのソウ・エクスペリエンスでは待機児童をはじめ「働きたいのに働けない」問題を解決すべく“ 無理をしない ” “ セーフティネット ” という独自の子連れ出勤を導入。
また、株式会社ワークスアプリケーションズでは、保育スタッフを自社の専門職社員として迎え、社内託児スペースを開設。子連れ出勤時の懸念である混雑ラッシュを避けるための通勤制度(フレックスタイム制)、おむつや着替えの用意・洗濯を社内で行うことで子ども分の持ち運ぶ荷物を極限まで減らす、など親や子どもの負担を極力軽減できる仕組みを実現しています。
どの企業にも共通しているものは、▽男女関わらず “ 子育て” も “ 働く” も自分たちだという当事者意識がある ▽独自の『子連れ出勤』制度である、ということ。当事者だからこそ、どうすれば子育てをしながら働きやすさを実現できるのか。試行錯誤を重ねながら自分たちにとってベストな『子連れ出勤』をつくり上げているのです。
働きたいという希望がある人が働くことを諦めなくて済むような職場意識、環境を会社全体で共有する。こういった取り組みが浸透することで育児中の人だけではなく、介護や病気といった個人に起こりうるさまざまなライフイベントに応じて、働き方を変えていける仕組みづくりに繋がります。
『子連れ出勤』はあくまでも働き方の一つ
『子連れ出勤』は乳幼児にフォーカスされがちですが、実は小学生のお子さんがいる方にもメリットがあります。例えば夏休みといった長期休暇や突然の学級閉鎖、天候悪化による下校時間の前倒し――。そんな突発的な事態に単発で『子連れ出勤』を利用する。そういった『選択』できる制度として活用すれば、多くの方がそのメリットを享受できるはずです。
子連れワーキング7年歴のわたしも、育児の片手間に仕事ができるものではないことを身をもって体感していますし、日常的な『子連れ出勤』は相当難しいだろうと考えています。
そもそもわたしが子連れワーキングが可能であるのは、
▽フリーランスである
▽毎日決まった時間・場所に出社する働き方ではない
▽外での仕事(打ち合わせや取材)が2~3時間で終わる
▽時間の融通が利く
ことによるものです。
『子連れ出勤』を保育園の代用としてとらえているわけではなく、あくまでも働きやすい “ 働き方 ” の選択肢として存在している。『子連れ出勤』は自分にフィットした働き方の一つに過ぎないのです。
バリバリ働きたい人も経済的な理由で働く必要のある人も、独身の人も子育てにじっくり腰を据えたい人も、男女関係なく働きやすい環境を。人材不足解消のために「子連れ出勤しろ」ではなく、当事者が「子連れ出勤したい」時に選択できるように。共働き家庭が6割超えの今、そしてこれからもっと共働きが増える日本社会でセーフティーネット的な『子連れ出勤』は働き方の一つとしてあっていいのではないでしょうか。
もちろん保育園、託児所の量・質問題の解決が重要であることは紛れもない事実。ですが自分たちが動くことで解決できることもあるはずです。『子連れ出勤』が全ての問題を解決できるわけでもなく、向いている業種や会社の規模、そして導入後も随時改善していく必要はある。そして大前提として、受け入れる側と当事者双方の理解と了承、互いのメリットがあってこその働き方である。とはいえ、今の職場で希望する当事者から「子連れ出勤させてくれ」は言いにくいのは確かです。だからこそトップの『子連れ出勤』宣言は大きいと思うのです。
「『子連れ出勤』はダメだ!」と対峙するのではなく、それを入り口に一つひとつ議論して動いてみませんか? 「わたしの世代はこうだった」「子育てが」「〇〇だから働けない」と働くことを諦めさせる流れが怖いのです。諦めることが当たり前な社会ではたしてよいのだろうか、と。
生きづらさを共有して我慢を強いるのではなく、生きやすくするためにはどうすればよいのかを。地道で根気のいる作業ですが、今の子どもたちが成人する頃、当たり前に働き方を自分で選べるように。そしてその多様性を受け入れる社会であるように。子どもたちに手渡したい社会をつくりたい。『子連れ出勤』騒動をきっかけに、その社会に向けて、今こそ土壌をつくり始めるべきなのではないのでしょうか。
【参考】
内閣府 「子連れ支援」の総合的推進について
平成30年版 少子化社会対策白書
・少子化対策関係予算の概要(平成 28~30年度)
・少子化対策関係予算(平成28~30年度(平成28年度決算額を含む))
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